長嶋茂雄死去
2年ほど前にも一度「危篤」の方が流れた。メディアの中には「予定稿」を用意しているところもあったようだ。
いくつかのメディアから執筆のオーダーがあった。今日から九州に行くが、ちょっと大変になりそうだ。
キャリアSTATS
私は、プロ野球選手「長嶋茂雄」は、このキャリアSTATSに尽きると思っている。
1年目から最終年の17年目までずっとオールスターに出場し、ベストナイン。
実は1972年から引退までの3年は、打率も下がり長打力も低下して「並みの打者」になっていた。守備でもボイヤーなどには負けていたが、それでも記者は「長嶋茂雄」を選び続けた。
私などより少し上の、長嶋と同時代を生きた人々にとって、長嶋茂雄は野球選手を超えた特別の存在だったのだろう。イチローや大谷翔平のようなものかもしれない。
引退後の2度の巨人監督、代表監督としての評価は分かれるところだが、長嶋は「最高のクラッチヒッター」であり、三塁手と言うポジションを花形に代えた選手だった。
そしてたった一人でプロ野球を「ナショナルパスタイム」に変えたことでも記憶されるだろう。
2004年3月4日、脳梗塞で倒れていこうは、率直に言って悲惨だったが、一つの時代が完全に終わったといえるだろう。
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