宮台康平の「タフな自尊心」
大学時代、宮台は「東大史上最高の投手」と言われた。
彼を指導した当時の浜田一志監督は「あいつがプロで成功しないのなら、東大の選手は誰も成功しない」とまで言い切った。
179㎝81㎏は平凡な体格だが、最速155㎞/hの速球、スライダーを駆使する左腕で、確かに救援投手ならいい仕事をしそうだった。
しかし日ハムでの一軍登板は1試合に終わり、20年「12球団合同トライアウト」を経てヤクルトの移籍するもヤクルトでも2試合の登板に終わり、最後は契約継続をする意向があった球団のオファーを断って22年限りで引退した。
彼はNPBのレベルの高さ、すごさを痛感したとは思うが、それに打ちひしがれるのではなく、だったらをれを見返してやると言う強い意志があったのだろう。その源泉となったのは「東京大学法学部」と言う学歴にあったはずだ。
プロでは通用しなかったが、それなら他の分野で一流になってやる。東大だけではないが、超一流大学に進む人は「受験勉強」と言う厳しい洗礼を受けている。批判もあるが、受験勉強は「努力を積むことで成功を掴む」と言うアプローチであり、一度それを経験すると、後は「努力の仕方」「勉強の仕方」が身に付く。
この度の司法試験合格は、NPBで成功しなかったことで傷ついた自尊心、プライドを取り戻すと言う意味もあっただろうが、彼自身の精神力とポテンシャルがこれしきの事では毀損しないことをも示している。彼は心身ともにタフなわけだ。
フィジカルが絡むスポーツの世界では、努力しても達成できないことがあったが、彼は、デスクワーク、勉強の分野では、絶対的な自信、全能感があったのだろう。
東大、京大など高学歴で「スポーツ推薦枠」がない大学から選手を獲得するときに、プロ球団は、引退後、チーム運営を担うビジネスマンに起用する可能性も考えていると言われるが、こうした高学歴人材で、球団に残った人は、東大、中日の井出峻くらいだろうか。
選手で入らなかったら、プロ野球チームは「中小企業」であり、自らの手腕を活かす場所としては「小さい」と思うのではないか。
「東大合格」という「成功体験」の強烈さ、を改めて思い知った。トップクラスの野球選手から弁護士になった人を何人か知っているが、みんなユニークな仕事をしている。期待できると思う。
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