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立教大学野球部出身プロ野球選手、安打数ランキング

長嶋茂雄逝去にちなんだランキングシリーズで。立教大学出身選手の安打数ランキング。

東京六大学では、早稲田、慶應、法政、明治が4強を形成して、立教はかなり引き離され、東大ははるか下、という感じだ。

上位4大学は、強い時代が何期もあるのだが、立教は長嶋茂雄の時代だけと言っても良い。それだけに突出したものになるのだが。

安打数ランキング、話題の選手まで載せようと思ったので、57位まで。

1位は圧倒的にそびえたつ長嶋茂雄、盗塁関係を除く主要な数字で断トツのトップだ。立教大最大の選手なのは間違いがない。

2位に近鉄の左打ちの一塁手、小川亨。もーやん、と言われ、素朴な風貌で知られたが打撃はシャープで、オールスターに2回出場、足が速くて三塁打王2回、バットをヘルメットにこつんと当てて投手に向かうシーンを思い出す。

3位の坪内は戦前は大東京、ライオンでプレーし、戦後は金星を経て中日でプレーした外野手。頑健でなかなか休まず、1948年に史上初の1000試合を達成。殿堂入りしている。

4位の土井正三はV9時代の巨人の正二塁手。イチローがいたころのオリックスの監督でもあったが、早くに亡くなった。

森本潔は阪急の三塁手。サングラス、パンチパーマにひげ、こわもてだったが島谷金治とトレードで中日に。しかし中日では活躍できず。

矢頭は大映ユニオンズ、大毎から東京へ。引退後、ロッテの打撃コーチだった。

岡村は強気のリードで知られた阪急の名捕手、のち東映に。野村克也の陰に隠れるも名捕手だった。1972年、同じ立教大出で2歳上の種茂雅之とのトレードで東映に移籍した。

青野は東映の内野手。張本、大杉、毒島の時代にバントの名手で知られた。のち南海へ。少し覚えている。

本屋敷錦吾は芦屋高時代甲子園で活躍。長嶋の同級生として立教の春夏連覇に貢献。阪急では花形遊撃手だった。のち阪神に移籍。

種茂は前述のとおり東映の正捕手だったが阪急へ。しかし中沢伸二の台頭で引退した。

丸山は青野の同期。弱い時代のヤクルトでプレー。当初外野手だったが三塁にコンバートされた。引退後もヤクルトコーチ。

山口富士雄は60年代から70年代の阪急のユーテリティだった。

塚本は戦前は阪神、戦後は5球団を渡り歩いた外野手。

村上は西鉄、ロッテの強肩捕手、野村克也の移籍が決まるとあっさり引退した。

大沢啓二は大沢親分。南海では守備の良い外野手。長嶋より4学年上だが長嶋を南海に勧誘したことで知られる。

景浦將は、プロ野球草創期、最大のスターの一人。打点王2回、首位打者1回。戦死しなければ、猛虎打線は大きく変わっていたはずだ。

挙げればきりがないが、長嶋一茂もいるしPL学園初代監督の綱島新八、二軍の帝王槌田誠、名スカウト片岡宏雄もいる。

現役ではオリックスの大城と、阪神の熊谷がいる。熊谷は今年、キャリアハイになりそうだ。

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