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星野仙一は「名将」なのか?

星野仙一は「名将」なのか?

フルカウント

中日指揮官が「立っとけ!」 ベンチ横で直立不動…コーチから告げられた丸刈り指令

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父親が中日ファンだったので、星野仙一は、小学生のころから見ていた選手だ。戦前を知る父親の世代は、闘争心丸出しで、若いものをどやしつける星野のような野球人は「お気に入りの野球人」だった。

投手としては146勝、初代セーブ王ではあるが殿堂入りには足りなかった。しかし監督として3球団でリーグ優勝したことで「合わせ技」で殿堂入りした。

指揮官としてはパワハラ体質で、選手に暴力をふるうことも珍しくなかったし、1997年には、MLBから来たマイク・ディミュロ審判を恫喝した。

マイク・ディミュロは、帰国してしまった。

今の感覚で言えば、審判へのリスペクトがない星野の態度は、スポーツマンとして失格であり、何らかのペナルティがあってもおかしくないが、昭和の匂いが色濃く残る当時は、野球を「勝負事」と思う、ごろつきみたいな野球人、ファンも多く、星野の行為は「軟弱なアメリカ野郎を一喝した」みたいに言われた。

陰湿な広岡達郎とは異なり、星野は陽性で、しかり飛ばすにしても面前で大声を上げるタイプだったから、あまり嫌われなかったが、今生きていたとすれば、おかしな評論をしたことだろう。

そして星野は世渡りもうまかった。明治大の島岡監督から、4年間、一度も殴られなかったというのは有名な話だが、目上の者、親分に対して、かしずくのもうまかったのだ。

ずいぶん後の話だが、阪神監督時代の星野は、私が知る会社の本社ビルの中に事務所を構えていた。ほとんどただみたいな家賃で広い部屋を借りていたようだが、経営者の会合に出て、その会社の社長に気に入られて部屋を貸してもらったようだ。私はその社長をよく知っているが、およそ野球には興味がないような人物だった。

しかし星野はその社長のお気に入りになったようだ。

下には徹底的に厳しく、上にはもみ手をしてにじり寄る。典型的な「体育会系」の人物像が浮かび上がってくるが、令和の今の基準では、星野仙一は果たして「名将なのか」と疑問を抱かざるを得ない。

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