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バート・シャーリー死去

珍しい守備が売りの外国人選手だった。85歳。

テキサス大オースティン校から61年ドジャースへ、3年目にAAAのスポーケン・インディアンスに昇格し、正遊撃手に。

キャリアSTATS

守備の名手として高い評価を得るが、体が小さく、打撃は貧弱だった。

64年にメジャー昇格したが、モーリー・ウィルスの控えに終わった。

66年にルール5ドラフトでメッツに移籍し、二塁を守るもレギュラーを取れず翌年復帰。以後もメジャーでは活躍できず、スポーケンでは絶対的遊撃手と言う状況が続く。スポーケンでは997試合に出場。

71年に中日にやってくる。打撃はNPBでも貧弱だったが、守備範囲が広く強肩の遊撃守備は抜群で、72年にダイヤモンドグラブ賞が制定されると初代の受賞者になった。

しかし打撃はからきしだった。

1年前に一塁手のジョン・ミラーが中日にやってきていたが、ドラゴンズは2人を「バーミー砲」として売り出そうとしていた。また二人はこの時代には珍しい両耳当て付きのヘルメットをかぶっていたが、これを「バーミー帽」と言っていたと記憶する。

ミラーは三振の多い荒っぽい打者だったが、バートと同じ72年限りで引退している。ミラーは2023年に79歳で死んでいる。

守備で鳴らした外国人は皆無ではないが、彼は珍しいタイプだったといえるだろう。

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