長野久義引退
プライドの高い選手だったが、苦労の果てに名選手と言ってよいたたずまいになった。
筑陽学園高、日本大学、Hondaを経て2008年ドラフトでロッテに2巡目で指名されるも入団拒否。ドラフトの前から「巨人一択」とを表明していた。巨人は長野指名を約束していながら、大田泰示を1位で指名し、長野は2位指名するはずだった。私は「江川時代か?」と思ったものだ。
翌年、1位で巨人に。25歳になっていた。
キャリアSTATS
2010年、開幕戦は守備固めだったが4月4日の広島戦で8番右翼でスタメン出場すると初本塁打。ここからレギュラーに定着し、以後不動の右翼手になり新人王に。
一躍スターとなり翌年は首位打者。翌2012年は最多安打。これは僚友坂本勇人とタイトルを分け合った物。原辰徳監督が両者の出場を調整した。原監督もメディアも「美談」のように言ったが、私は「NPB記録の私物化」だと思った。
ただ長野はまるでV9時代の巨人選手のような風格があった。
守備も堅実で、いい外野手だと思ったが。
2015年からは次第に成績が低下。故障も増えていった。
2019年1月、広島の丸佳浩のFA移籍に伴い、人的補償として広島へ。これほどの大物の人的補償は異例のことだった。
2020年11月、150本塁打の表彰。この日は巨人戦で、巨人ナインが惜しみない拍手を送っていた。
2022年無償トレードで巨人に復帰。37歳。広島でも活躍した。
以後は代打での出場が中心だった。
今年、ファームで。新たにできたジャイアンツ球場で。
25歳でプロ入りして1500安打を打ったのは見事だった。
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